勝利の年にしよう   落穂2008年1月

 万代恒雄牧師

新しい年があなたにとって、栄光に輝く祝福の年になりますようにと心から願っています。

どのような問題を抱えていたとしても、何に行き詰まっていたとしても、その問題は解決するのだと、心の中に信じることができるなら、平安でいられるわけであります。神を信じる信仰によって、できない事は何ひとつないのであって、解決が与えられることを信じ、勝利のあることを、私は心の底から信じております。

聖書を開いてみましょう。旧約聖書イザヤ書60章1〜2節です。 「起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。 見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。」

何とすばらしいではありませんか。新しい年に対して、政治家も経済の専門家も、今年が栄光に輝く年である、というようなことを言い切れる人がいるでしょうか。残念ながら、聞いたことがありません。

確かに世界を見るときに、暗やみが諸国の民をおおっているという聖書の預言のように、やはり世界は暗い雲におおわれているという思いを、私たちははね除けることができないと思います。

けれども、あなたが本当に神を信じる人生を自分のために確立なさる時に、あなたの上には神が輝いてくださって、その栄光があなたの上に現れると、聖書は語るのであります。

どのような時代、どのような困難、どのような惨めな出来事が、仮に訪れたとしても、神を信じる者は、その暗さにおおわれることなく、神の光によって輝き出ることが出来るのであります。

精神的な面を取り上げてみても、世界は決して明るくありません。例えば、家庭の子供の教育にしても、明るい見通しがあるわけではないのであります。教育の方法も、常時見直しとか、いろんなことが言われています。やはり暗いのです。 人間関係を見ても、暗いではありませんか。

けれども私たちの、神を信じて生きる生きざまが、そうした暗闇におおわれている人々に、すばらしいひとつの希望の光となり輝きとなることができるということを信じてみてください。うれしいではありませんか。

私は宗教家ですから、社会を革命するとか、国家のやり方をどうこうするというようなことを考えるわけではありません。でも、重大な確信を一人ひとりの心に、つまりたましいにもってもらうことのために、どうすべきかを考えるわけです。

社会の最小単位は、男と女の結びつき、つまり夫婦でしょう。さらにもうひとつ小さな単位は一個人です。その個人の改革がなくて、社会も国家も改革があり得ないではありませんか。それは主義主張によるところの改革というのではなく、罪の中に沈んで汚れている、そして自己の弱さに泣いている者。正しいことを正しいと知りながらも、それをすることのできない弱さに呻いている人。

こうした人達が、心の中に本当の信仰を持つことによって、正しいことを正しく行い、成すべきことをしてゆくことができるのであります。そして、してはならないことを止めてゆくことのできる、非常に強い人間性を確立していく時に、そこに正義も確立されるし、道徳の頽廃からも救われ、すべての良きことが行われる土台ができるではありませんか。

イエス・キリストを信じる信仰は個人の救いであります。その個人個人の救いが完成されて、その数が増えていくことにより社会の救いがあるのであります。そして、国家、世界の救いがあるのであります。

私たち一人ひとりは、八百屋の店先で売られている人参やきゅうり、なすびのような、一山いくらで置かれている存在ではありません。神様は私たちを作品として創られ、大切な存在であります。 新しい年、主の栄光が私の上に輝くのだと信じようではありませんか。

たとえどんな問題があったとしても、あなたがイエス・キリストを信じるなら、必ず神の栄光があなたの上に現れて、喜びに満たされた証し人になるのです。 神を信じて勝利の年にしましょう。 (放送メッセージより)

日本福音宣教会は正統なプロテスタント信仰に基づく超教派のキリスト教伝道団体です。