恐れを取り除き喜びを 落穂2007年12月
クリスマスおめでとうございます。
12月になりますと、私たちの聞きなれたクリスマスメロディーが耳に入ってきます。それに伴い、商店などではこうした音楽を鳴らし、商売に利用していることもあります。私たちはとにかく、どんな意味からであったとしても、賛美歌が鳴っていることで、素晴らしいと感じています。しかしそれかと言って、その雰囲気に酔ってくださいという気持ちはありません。なぜならば、クリスマスというのは、私達クリスチャンにとって、大変な時、或いは日であると信じているからです。
聖書を開いてみましょう。
新約聖書、ルカの福音書2章10〜11節です。
御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」
これは、イエス・キリストがご誕生なさった時に、天の使いが野で羊の番をしていた羊飼い達の所に現れて、イエス・キリストの誕生を知らせた時のことが書かれているのです。天の使いが言ったことの一つは、「恐れることはない」ということであります。
私達がイエス・キリストのご誕生をお祝いし、イエス・キリストを信じる者、すなわちクリスチャンである理由は、私達のまわりにやってくるさまざまな恐れから解放してくださるお方として、イエス・キリストを信じているということです。
私達の心にある恐れはたくさんありますが、最大のものは何であるかと言えば、人間の心の罪に対する恐れであります。わかりやすく言えば、自分の良心に責めを感じることであります。
生活の中で、人に言ったちょっとした言葉、或いは自分の行為など、いろいろあるでしょう。もしあなたが、自分の良心の咎めというものを感じない生活ができたらどうだとお考えになりますか。
天地神明に恥じることはないと言いますけれど、言葉だけではなく、本当に恥じるところのない自分の良心に照らして、恐れを感じない生活ができたら、それこそすばらしい勝利ではありませんか。
イエス・キリストは、人間最大の罪を取り除くために来られた神のひとり子であります。また、人間が負わなければならない宿命、死ぬという問題を乗り越えさせてくださった方であります。死からよみがえられた方として、彼を信じることが救いになるのであります。救われた人の心には恐れがなくなるのであります。
さて次に天の使いは、この民全体のために、「すばらしい喜びを知らせるために来たのです」と記されています。イエス・キリストを信じることは、単に恐れを取り除くことだけではありません。事実イエス・キリストを信じている私は、喜びに満ちあふれております。私自身の心の中を見せてあげることができればいいのにと思うほどです。なぜならば、私の心の中には感謝がいっぱいあふれているからです。社会で不景気だろうが何があろうが関係はなく、私の心の中には喜びがあるのです。
その喜びは何の喜びかと言いますと、イエス・キリストを信じて神の子とされ、救われている喜びであります。罪あるものが罪を許された喜びであります。そしてまた、その喜びをこうして人々にお伝えできるということも喜びを大きくしています。
先般も、この放送を聞かれてお手紙をくださった方がおられます。「苦しくて死のうと思っていたが止まった」というようなことが記されていました。絶望していたが、生きる意欲が湧いたし、社会に復帰して働いているというのです。これも大きな喜びです。
何もかも嫌になり学校も休んでいたが、もう一度やり直してみると決意した人もいました。
数限りない喜びが、信仰のゆえに与えられます。
イエス・キリストのご誕生は、恐れを取り除き、喜びをあなたに満たすものであるのです。
あなたも、このすべてを与えてくださるイエス様を心に受け入れる者になっていただきたいのです。(放送メッセージより)
