信仰は勝利 落穂2007年9月

クロスロード・ゴスペル・チャーチ 永井明牧師
   

故万代恒雄牧師が松山で伝道を始めて50年、ということでございます。
私は1965年頃だったと思いますが、はじめて万代先生にお会いいたしました。松山の教会で特別伝道集会に、大阪の西原先生が講師として招かれていました。万代先生は、すでに大いに用いられていましたので、かねてから一度お会いしたいと思っていましたので、これがチャンスと思い西原先生に連れて行っていただいたのです。

当時の旧会堂の屋根裏のような所に、他の7、8人の奉仕者と宿ったことを覚えています。そこは天井が低く、背の高い人は頭を下げないといけないので、誰呼ぶことなく「謙遜の間」と呼ばれていました。

数年後、再度お会いする機会が与えられてから、とても親しくなり、何度も松山を尋ねさせていただき、道後の温泉に入りながら、或いは、伝道や聖会を共に聞きながら、伝道を語り合う仲となりました。

忘れられないのは1970年の大阪万博クルセードです。大阪の茨城木市で伝道牧会をしていた私は、この機会を逃しては神様に申し訳ないと思いました。当時私の教会はまだ40名の礼拝でした。礼拝場所のために一物件を買取り、手を加えて、200万円ほど足りなくて、負債となっていました。当時の200万円は今の二千万円に匹敵するほどのものです。それが万博丁度一年前のことであります。

万博クルセードは7月1日〜15日を予定し、最後の5日間は、一日3回の集会で、計25回の伝道集会を用意することにしました。万代先生と相談し、一応費用として三百万円を割り出しました。教会としては負債を持つ上に大変なことであります。でも神様からきたことであれば、しかも15日間も福音を語ることができるのだからとがんばったのです。しかしそのクルセードに人を呼び集めることは大変なのです。大きな教会であっても簡単ではありません。

開拓途上の茨木キリスト福音教会が主催して、万代恒雄牧師が25回連続説教する、集会内容は非常にシンプルなものにしました。事務局には各地の姉妹方が、お仕事を辞めてご奉仕くださいました。ポスター千枚を市内に貼り、クリスチャン新聞へも全面広告を三度。

クルセードはすばらしい祝福でした。会衆は述べ6千名以上。決心者カードは5百名以上。北は北海道、南は沖縄の住所が記載されていました。費用もすべて満たされました。負債も支払いました。日本の伝道歴史にないことを主はしてくださいました。私事ですが小学生であった子供達すべてが救われ、今はみんな献身の道を歩んでいます。

勿論教会も急成長しましたが、私自身は、新しい土地への伝道に取りかかり、次々と開拓をさせていただいています。
万代牧師は、自分は国内伝道をがんばると言われていましたが、私が軽い気持ちでお誘いした、東南アジアの伝道を皮切りに、インド、ケニヤ、南米など共に出かけ用いられたことも神よりの祝福として想い出であります。「主の山の上には備えがある。」(創世記22・14)とありますけれど、神はほんとに不思議なことをなして用い祝してくれました。

あかしは山ほどありますが、創世記26章12〜14節を開きます。
「イサクはその地に種を蒔き、その年に百倍の収穫を見た。主が彼を祝福してくださったのである。こうして、この人は富み、ますます栄えて、非常に裕福になった・・・。」

神のみことばが種として私達に入ると、ものすごい祝福の実りとなるのです。私の中にも、「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16・15)のおことばが種として入っているから、少なくもそれを実行すると、神様は喜んでくださり、祝福で満たされています。

過日、“落穂”が取り上げてくださったお証しがまさに最新のそれであります。新しい私の開拓伝道です。九州は佐賀において2005年2月11日に開所式を行ない間もない昨年には、土地270坪、建物161坪という立派な場所を購入、しかもその費用5千万円が、百倍の祝福により与えられたということは、すべてにご存知の通りです。リフォーム工事も終わりました。素晴らしい祝福です。

イサクは異郷の地において、驚くほどの祝福を見ることが出来ました。
神はいつでも信仰に応えてくださるお方です。私もあなたも同じ信仰の土俵に立っています。そこには神のことばが満ちています。イエス様はトマスに言われました。「信じる者になりなさい」と。アブラハムを通して与えられた神の祝福は、イエス・キリストを通して私達に注がれています。
信仰は勝利です。

(日本福音宣教会 全国聖会メッセージより)

日本福音宣教会は正統なプロテスタント信仰に基づく超教派のキリスト教伝道団体です。