神様からの贈物 落穂2006年12月
クリスマスおめでとうございます。 クリスマスは、救い主イエス・キリストのご誕生をお祝いする、世界の全ての人々に与えられた共通のお祝いの日です。 たとえあなたが今、侘しい惨めな気持ちでいるとしても、神様が与えてくださる恵みは同じです。神様からのプレゼントであるイエス・キリストを、是非感謝して受け取る者であってほしいと願います。
イエス・キリストを自分のものとして、神様からいただいたしるしに、あなたの内から力がわいてきて心が癒され、色々の問題の苦しみの中からも、神様は不思議な方法で満たしてくださいます。人間関係の葛藤に悶えていても、どうしたことか解決の兆しが見えてくるという素晴らしい経験もなさることでしょう。とにかく、イエス・キリストを神様からの贈物として受け入れることは素晴らしいことです。
では今日のみことばを聞いてみましょう。新約聖書ルカの福音書二章十四節をお読みいたしましょう。 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。 地の上に、平和が、 御心にかなう人々にあるように。」 クリスマスには必ず読まれる聖書の箇所です。
「地の上に平和」とは、私達が一番願っていることではありませんか。世界の平和、国家の平和、家庭の平和、そしてあなた自身の心の中の平和。そんなことが現実であれば、こんな理想的なことはありません。
しかし現実はとてもそのようにはいっていません。私達の廻りを見ると、国と国との争いがあり、世界の中では闘争があり、国やそれぞれの社会では権力争いが、家庭におけるいざこざ、自分自身にも矛盾、こうしたものはみんな平和に背くものではありませんか。しかし現実にそんなものがたくさんあるという事実だけは、逃げることはできません。私達はこれを乗り越えなければならないと思うのですが、一体どうすればよいのでしょうか。
この聖書の箇所は、イエス・キリストが生まれた時に天使が歌ったものです。「御心にかなう人々に」と言うことばを考えると、答えが見つかったような気がします。神の御心にかなうこと、そうすれば平和が来るのです。神の御心とはどういうことを言うのでしょう。それは、すべての人が神を知る知識に到達し、救われることであります。
あなたは今日まで、まことの救い主である神様を心に持たない、信じない、受け入れないでいたのだと思います。信仰の喜びが心の中に湧いてきたことのない生活をしていたのではないでしょうか。聖書のみことばが自分の心を慰めたり励ましたりすることなど知らず、全然関係のない生活をしていたのだと思います。だからこそ、自分をはじめ廻りの世界に争いを生じ混乱が起こっていたのです。
人間というものは、自らの心が満たされていない時、その要因を自分以外の誰かの理由にするものです。人を憎んだり許せなかったりするのはその故であります。 私達が心の中に、イエス・キリストを信じる信仰をもつと決心して、心を神様に向けるならば、少なくともあなたの小さな心の中に平和が与えられるのです。
私達人間は誰一人として罪の無い人は居ません。すべての人は罪人であります。自分が汚い罪人であることを誰よりも自分が一番良く知っているのです。その罪を悔い改めて、イエス・キリストを信じることにより、聖書の言う「御心にかなう人」になるのであります。
たった自分ひとりで悔い改めても、社会に何の影響もないではないかと言わないでください。個人個人の人間の集合体が社会なのですから、あなたの心の中に小さな平和がくることによって、あなたの家庭に平和の灯火がともるでしょう。 そういう方々が沢山増えるなら、社会に平和が、そして国家、地球の上に平和がきます。イエス・キリストを信じることは、世界平和への近道なのです。
「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」(ルカ2・11) これが私達人類への神様からの愛のプレゼントであります。あなたも今日からイエス様を信じて救われようではありませんか。 (放送メッセージより)
